◆三国祭:三國神社◆
三國神社の鳥居。いくつもの鳥居をくぐって三國神社に向かいます。
ここが三國神社の正面。お賽銭箱があり、お参りしています。
神社の横にある建物でお神輿(みこし)が納められています。
今日はお祭りなので開けてあります。
これがそのお神輿で、お祭りの間は外に出してあります。
三國神社の入口の石段を登った所に文化財に指定されている楼門
「随身門」の両脇にはこのように弓を構えた武者の姿があります。
俗世と聖域を分けるという意味合いで門が存在することが多く、ここも
俗世のものが誰でも勝手に入れる場所ではないということでしょう。
門に立つ者が神仏に属するものではなく、リアルな武器を持った武者
そのものであるところがおもしろいですね。
三國神社の歴史と関係がありそうだなあ、と感じました。
三國神社の歴史が書かれた石板が境内にあります。かいつまんで書くと
最初は戦国時代に千手寺の鎮守神として祀られていたが、三国湊が発展
してくると土地の惣氏神(そううじがみ)として地元の信仰が高まり、
江戸の天保年間に六代目内田惣右衛門(うちだそうえもん)が飢饉の
救済事業として境内の拡張工事を行い、三国湊の総鎮守にふさわしい
景観になったとのことです。のちに明治になって継体天皇をまつる
水門社(みとしゃ)を合祀し、明治18年に三國神社と改称したそう。
三國神社と三国祭の歴史をみると三国湊が北前船の寄港地であったこと
から湊を中心とした商業が発展し、富裕層が存在したという歴史的社会
的背景が大きく影響していることが分かりますね。
全国的にも力を持った商業者たちが地元の祭の発展に大きな影響を
もたらした例は多いのではないでしょうか。
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